浮かぶのはイメージ

そういえば好きなものについて語るということをあまりしてこなかった。少なくともここ数年していない。

今日問いかけられて気づいた。


普通、人の趣味とか好きなもののの知識というのは、山の形になっているとイメージされるのではないだろうか。常識という土台の上に、初級、中級、上級と積み重なって、人それぞれの高さやとんがり方をする、というように。みんなが知ってるものは当然押さえた上で、知ってる人が少ないものへと知識を深めていくのが一般的であるような気がする。


しかし私の世界は先っちょしかない。山の先っちょだけが空中にぽっかりと浮いていて、どこから入ったらいいのかわからない。

さながらラピュタである。


裾野の広い、みんなが知っているものほど私は知らない。世間話に支障をきたすくらいに。常識が欠如しているというやつだ。


正直困ることも多いけど、それよりも自分が興味を持てるかのほうが私にとっては重要なことなのである。興味の持てないものは本当に頭に入らないので。

そしてたまたま、私が興味がないものの多くが世の中でメジャーでベタで常識とされていて、興味のあるものの多くが世の中でマニアックなものとされているのだった。

これがラピュタの生まれるメカニズムである。


昔は島の影を見せびらかしては他の人を怖がらせていたように思う。それに気づいて、島に引きこもって気配を消すようになった。だから大多数の人には、めちゃくちゃ透き通った人間に見えると思う。見渡す限り何の引っ掛かりもない平原。何の話にも乗れないつまらない人間。

たまたま似たところに標高の高い山を持っている人だけが、浮いている島の存在に気づく。


今さら地に足のついた山を築いていろんな人と地続きになることはできないけど、存在に気づいてくれる人というのも、たまにはいる。そういう人とぐらいは交流を持ってもいいんじゃないかなあ。


例え話が暴走しすぎた。


まあとにかく、好きなものについてくらい語れなくてどうする、って今日思ったんだ。

浮いててもいいから、得体の知れない影でなくて登ってもらえるようなロープを投げかけられる人間にならねば。


ということでブログを作ってみました。