サーチライトは月の光とともに

結局今日の休みはトータル20時間近く寝てしまった。過眠である。やっちまった。病院に行けてないので薬がない。病気のせいで病院に行けないというくるくる回る無限ループ構造の中に陥ってしまった。仕方なく明日は丸腰で働きに出る。

外の世界というのはモンスター蠢くRPG世界のようなもので、村の門のあたりをうろついているNPCに装備なしで出るなんて危ないと止められてしまうのだ。そう信じている。4年ほど前、20歳の頃に晴れてメンヘラの烙印を押されたその日から。


まともな治療をなんにもしていないいわば野良メンヘラだったときの期間を含めるともう10年以上は精神を病んでいる。野良だったときの期間の方が長い。なのでまだ頭があんまり本調子じゃない感じがする。というか、二度と戻らないのかもしれない。


さっきからメンヘラメンヘラと言っているが私の持ってるのは双極性障害Ⅱ型だ。そう名前が付いている。一応。あんまり典型的なやつでもなさそうだけど、とりあえず薬は効いている。


この記事では私の人生のかなりの割合を占めるメンタルの問題についてまとめておく。いつか私が双極初心者だったころ、ネットを深くまで読み漁ってこんな人もいるのかーと安心を得たものだったけど、それを後進に提供できればと思っている。


私が病み始めたのは小学校高学年くらいだと思う。それまでもちょこちょこ消えてしまいたいとか自分が嫌だとか思うことはあったけど、もっとそれがはっきりしてきたのがちょうどそのくらいだった。

4年生のときの担任がわりと頭のおかしいタイプで、クラスは学級崩壊していた。このストレスが結構引き金だったのではないかと睨んでいる。時々鬱っぽくなったり、死にたくなったりしていた。夜中寝ようとすると、よく勝手に涙が出た。


中学校に入って、楽しい学校生活の傍らゆっくりと鬱がひどくなっていった。ちゃんと楽しく過ごしていたけど、でも本当に憂鬱で、受験も終わって卒業したら自殺しようとはっきり思っていたことを覚えている。結局何か流されて生き延びてしまったけれど。私の人生はあそこで一度終わっていて、あとはおまけみたいなものだ。


でも中学生のときはまだギリギリ健康の範疇だったと思う。高校に入って決定的にダメになった。勉強が何も頭に入らないし、なによりも毎日眠すぎて何もできない。帰ってくるといつも床で寝ていた。というより倒れていた。今思えば過眠以外の何物でもない。足のつかない深いプールを延々と泳がされているようなイメージをよく抱いた。


中学だったか高校だったか、保健の教科書に載っていたストレスチェックみたいなので即病院に行けみたいな結果が出たけど、こんなの誰でもこうなるだろうと当時は本気で思っていた。


高3のある日、なんとなくその辺にあったベルトをベッドの柵に引っ掛けて首を吊ろうとして我に返ったことがあった。ちょっとした自殺未遂だ。でも病院には行かなかった。


10代の10年間、薄々自分は鬱じゃないのかと思っていた。自殺未遂までしておいて薄々って何なんだよと今なら思う。でもそんなにチェックリストに当てはまらないし、他の人も頑張ってるんだからと頑張り続けた。不完全にしか頑張れない自分を責めた。


本格的に頭が壊れていった。好きな漫画を読んでも全然面白くなかった。本が読めなくなった。目が滑る。同じところを10回読む。いつのまにか寝ている。座っていられないで横になってしまう。食欲はなくなるというより私は増えた。眠くて仕方なかった。いつのまにか泣けなくなっていた。


駄目押しになったのが、勉強時間を確保するために、帰ってすぐ寝て明け方起きて勉強するという生活スタイルに無理やり変えたことだったと思う。あれはよくなかった気がする。まあ、それもそのうち帰ってすぐ寝て明け方起きてまた寝るという寝てしかない生活スタイルに変わっていったのだけど。


受験が終わって転機が訪れる。といってもまだ病院には行かない。軽躁になったのだった。金遣いが荒くなった。1週間か2週間程度で10万円くらい使った気がする。対人恐怖症気味だったのに、美容院や服屋さんに行っては店員さんと喋りまくった。対人恐怖症はそこで何か克服してしまって、今も接客業なんかやっているのはちょっと面白い話。


奇跡的に現役で第一志望の大学に入って、しばらくして躁は落ち着いた。また鬱になった。

もともと時間にルーズな方だったけど、遅刻することがどんどん増えた。気を抜くと1時間とか平気で遅れる。不眠と過眠を周期的に繰り返した。

頭の中はぐちゃぐちゃだった。道を歩けば車に轢かれることを考えて、駅に着けば電車に飛び込むことを考えて、不謹慎な話だけどニュースで人が死ぬとちょっといいなあと思い、それ以外だといつもロープを引っ掛ける場所を探していた。


それでも表面上は他の人と同じように楽しい学校生活を送った。他の人もこうやって壮絶な努力をしてまともな人間ぶっているのだと信じて疑わなかった。

狂人は自分の狂人ぶりに気づけないものだ。


ちなみに、友達や家族で私の異常さに気づいた人は誰もいなかった。まともぶりスキルがどうやら私はめちゃくちゃ高いらしい。

まああと家族は手のかかる弟に夢中で私のことにはあんまり関心がなかったようだけど。


話を戻すとある時、何かのアンケートで死にたいと答えたら大学の保健センターから連絡が来た。私はそんなことより遅刻しすぎてちょっとやばいということを相談した。そうしたら睡眠時間をなんとか頑張って確保しましょうということになった。

私の希死念慮は日常茶飯事すぎて「そんなこと」になっていた。深く突っ込まなかった保健センターも大概無能だと思うけど、保健センターもここまで鬱がこじれた人のことは想定していなかったんだろう。


あんまりにも何にもならないので、私はついに精神科の受診を本格的に検討し始めた。

近所に病院を見つけたので行った。

これまでのことを話した。軽躁エピソードが決め手となって双極性障害II型の診断が一発で降りた。

ラミクタールをもらった。飲んで寝た。


翌朝、世界は静寂に包まれていた。

あ、今まで頭の中ぐちゃぐちゃだったんだと気づいた。

ゴミ屋敷のようだった頭の中が一夜でミニマリストの部屋のように片付いていた。

一拍遅れてものすごい勢いで色鮮やかな世界が迫ってきた。10年かけて灰色になった世界が一夜で色を取り戻した。


まあ多分プラセボもあるんだと思う。本当は薬って2週間ぐらい飲まないと効かないものだし、そのあと私は薬を変えるたびにこの感覚を味わうことになったので。


でも薬は着実に私を良くした。比例のグラフのように直線的にはいかなかったけれど、株式チャートみたいにガタガタと三歩進んで二歩下がりながらも右肩上がりになった。

副作用も少しは出たし、急に何もかもよくなったわけではなかったけど、壊れた頭は少しずつよくなっていった。


20代に入って、医療と出会って、やっと人生が始まった感じがした。生きていたいという多分普通の気持ちが一時的にでも持てるようになった。

本が読めるようになったとき私は嬉しくて泣いた。とりあえずまともに本が読めるようになるまで2年かかった。

記憶力は少しよくなったけどまだ治りきっていない。10年服薬したら元通りになれるものかなあ。

どうだろう。


もっと早く病院に行っていればなと思う。

そうしたらもうちょっとちゃんと勉強もできたはずだ。せっかく勉強できる環境と頭に生まれついたのに。もう一段上の大学にも行けてたんじゃないかと思う。まあ、この大学で得たものもいろいろあるから、そんなに未練があるわけじゃないけど、やっぱりその選択肢も得られてたはずで…というのは引っかかる。

遊ぶことももっとちゃんとできていたはずだ。10代後半で本を読めなかったのは個人的にあまりにも痛手すぎる。今もなかなか遊ぶエネルギーが無くて困っている。とりあえず積極的に人の誘いとかには乗るようにしている。失われた10年を取り戻したい。


今だってよくなったとはいえ不完全だ。月に1回くらい今日みたいに寝るしかできない休日があるし、急に空気が抜けるように鬱サイドに落ち込んでしまうこともあるし、読んだ本も観た映画も何も覚えてないし。とてももどかしい。


ところで私の好きなオーケンも双極とは違うけど鬱をやっている。かの有名な「うつヌケ」とかにも出てるらしい。読んでないけど。それだから「サーチライト」みたいな曲を書いている。

オーケンはよく人生を綱渡りに例えるんだけど、そのタイトロープを照らす導きの光になるような言葉を書きたいという決意表明のような一曲。

これに、途中で歌なんだか朗読なんだかというようなセリフが入る。

「この世にはさ なりたくもないのに時々ね、暗ーくなっちまう奴っていうのが たくさんいてね 随分面倒な目にあっているんだよ 

それは本当にやっかいでね オレもその一人だったんだ」


やっぱり正直健常者のことは羨ましいし妬ましい。ルサンチマンがすごい。だからこそ周りの人が自分と同じ道を辿ろうとしていたら全力で止めたい。私の道は誰も照らしてくれなかったけど、誰かの道を照らしてあげることはできる。実際今までに友達を何人か病院に行かせたことがある。


もしインターネットの海の中でいつか野良メンヘラな人がここに流れ着いたら、ちゃんと病院に行ってくれますように。

だーっと書きなぐった全然整理されてない文章だけどそれだけを祈っておく。


「俺みたいにはなるなよ」だよ。