パララックス・ビュー

っていうかパララックス・レビュー。

筋少のニューアルバム「ザ・シサ」をライブに備えて聴き込んでいるのでとりとめなく感想を書き連ねたい。


「セレブレーション」。

始まり方は「仲直りのテーマ」っぽい。私はインストはかなり苦手なのだけど、こういう曲自体がアルバムの前奏みたいな曲は悪くない。Helloweenの「Keeper Of The Seven Keys Pt.2」の「Invitation」みたいな。ってか「セレブレーション」かなり「Invitation」みがあるような気がする(個人の感想です)。

「Invitation」は「Eagle Fly Free」への繋ぎが完璧なのだけど、ここで「I, 頭屋」が来るのはちょっと意外性。


「I, 頭屋」。頭屋っていう単語をこれを聴くまで知らなかった…。「中2病の神ドロシー」が25年四半世紀、この「I, 頭屋」が30年。今の心境という感じなんでしょうね。「鬼」という単語から若干「ムツオさん」を連想するも(「から笑う孤島の鬼」は?)、そんなことより「置かれたところで狂い咲け」がいい。「狂い咲く人間の証明」ですよねっ。「タチムカウ」ですよねー(あと「イタコLOVE」?)。「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」とかちろっと文学ネタを入れてくるのもオーケンらしい。


「衝撃のアウトサイダー・アート」。至高の橘高メタル!この曲が素敵すぎて好きすぎて。正直これだけ聴いて燃え尽きてしまった節がある。最初の方のボーカルとコーラスの掛け合いはちょっと「再殺部隊」とも似てる。ラスサビ直前の「溶ける時間」とかダリっぽくていい。個人的にダリが好きなだけ。

珍しくあんまり他の曲と繋がる要素がない。新境地って感じだね。


「オカルト」。これはMVの先行公開で聴いてた。ちょっとおバカっぽいところと、うねうねする低音と、無駄に壮大なスケール感と、恋愛至上主義が絡み合って非常に筋少らしい感じを紡ぎ出している。「さよなら人類」にたま?と思ってしまう私。


「ゾンビリバー」。普通の感性ではゾンビとリバーはくっつかねえよwwwと改めてオーケンのセンスに感服することとなったタイトル。もちろん歌詞の世界観も頭おかしい。水の代わりにゾンビが流れる川をゴムボートで渡っていく。どうしたらそんなビジョンを閃くんだ。ゴンヌズバー。しかしこの曲テクい。すばらしい。

「タチムカウ」とかにも通じる「でもやるんだよ!」の精神にすごく共感する。目の前がたとえゾンビひしめく川であろうとも人はやっていかなければならないのである。


「なぜ人を殺しちゃいけないのだろうか?」。意外性に殴られる。「ザジ、あんまり殺しちゃダメだよ」を彷彿とさせる、筋少名物・死人出てるのに曲調超ポップ。

「人が殺されるとめんどくさい」、マジ身も蓋もない。正論である。微妙にコミカルで、絶妙に頭のネジが飛んでいる。でもなんか聴き終わったあと晴れやかでちょっぴり切ない気持ちになるんだよね。不思議…。なんか悔しい。


「宇宙の法則」。オカルティなタイトルのくせにキラキラと瞬く星空のような美しい曲。あまり好みではないがいい曲ではある。「星座の名前は言えるかい」にほんの少し「爆殺少女人形舞一号」を混ぜてサイダーで薄めたような曲(?)。


マリリン・モンロー・リターンズ」。イタコ曲。「イタコLOVE」とはまた違う。「ニルヴァナ」で恐山とか出てきたしイタコというモチーフを忘れてはいないんだろうなとは思ってたけどここでこう来るのかーと思った。ちょっと特撮っぽい曲調な気がする。シャロン・テートとかナンシー・スパンゲンとか過去曲でも名前の挙がってた人名が再登場。こっち方面に詳しくないのにオーケンのおかげで名前だけ知ってる人が増えた。


「ケンヂのズンドコ節」。「おサル音頭」「俺の罪」あたりとも若干似てるかな。いつもの陰謀論要素をがっつり入れてきて、そこに矢をつがえた天使の群れという「ノゾミ・カナエ・タマエ」を思い出させるモチーフを登場させる。5100度の炎かな?と思ってたら矢を射られたり刺さっちゃってたりして結構闇の深い感じに…。


ネクスト・ジェネレーション」。「あたしはなんでかオジさんバンドが好きで 学校じゃ浮いてる それはまぁいいんだけどさ」、全私が共感した。10〜20代の新規筋少ファンにはこのフレーズは刺さるんじゃないかなあ。

「向日葵」の登場が気になる。ひまわりといえば「UFOと恋人」の「ひまわり」だけど、あっちの曲調ってすごく暗いし、くるくる回るし、恋人とは別れてるし。人生の象徴としての面を取ったのかな。

まさか「ひまわり」=バンドマンと別れた当時の若き日のママ、だったりしないよねえ…。さすがに妄想しすぎかな。


「セレブレーションの視差」。「セレブレーション」をちょっと変えた曲?をバックに散文詩が朗読される。なぜか「ワダチ」を連想する。祝福から一転して蜂の巣に変わるところは鳥肌が立った。そして最後の方でさりげなく「猫に見えているものは 実は一斤のパンかもしれない」とか言うので涙が出た。ここで「ケテルビー」とリンクさせるとは。昔一回使ったモチーフを持ってきて別のところでうまいことクロスオーバーさせながら咲かせるというか、そのテクニックにかけてはオーケンの右に出るものはいないと思う。


「パララックスの視差」。この曲もあんまり好みじゃないなー。最後がこれなのはちょっと個人的には不完全燃焼。でもなんともいえない不思議な空気感が漂う。


全体として、好みだけで言えば正直「ゾンビリバー」か、100歩譲って「なぜ人を殺しちゃいけないのだろうか?」までだけでいいやという感じがしちゃう。それ以降の曲が悪いっていうよりは、「衝撃のアウトサイダー・アート」とその前後が良すぎる。そこでピークが来ちゃう感じ。まあでも私が疾走感フェチだからそう思ってしまうだけかも。

ライブでは一体どうなるのか非常に楽しみ。


と、アルバムレビューのようなものを書いてみて、普段こんなことばっかり考えてるから人と会話ができないんだということがわかった。周りの誰にも通じない。その割にガチファンの人に読まれたらにわかがバレそう。

でも好き。