みがわりノート

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美少年で探偵でS

今回はフォロワーさんたちのリクエスト(というか、ツイッターとブログどっちで読みたいアンケートの結果)(結局ブログで読みたいと言ってくれた人の方が少なかったけど)にお応えして私の性癖の話をお送りします。リアルで私のことを知ってる人にはちょっと読まれたくないなあと思いながらでも書いてしまいました。もしかしたらちょっとR-18かもしれないけど、本人は至って真面目です。


ツイッターで呟いた話の繰り返しになるけど、私は自分の内面を言語化するのが趣味なところがあり、かつ、それにかけては右に出る者がなかなかいないと思っている。幼稚園ぐらいのころ、何か親や教師等に向けて書かれた文章で、「子供は自分の気持ちや体調の悪さをうまく言えないことが多いので〜」みたいな内容のものを見るにつけ、そうか?と思っていたというエピソードがあったりするけど、今思えば自分が飛び抜けてただけみたいで、そういえば同級生たちは思い通りにならないと普通に暴れ回ったりしていた。


話が逸れた。まあそんな趣味かつ特技みたいなものを持っていながら、今まではっきりとは考察してこなかった自分の脳内の一区画がある。それは自分が明らかにマゾヒストだということだ。

しかも自分の場合かなり性的な意味に限定されていて、たとえばいわゆるマゾゲーみたいなやつは全然好きじゃない。長距離走とかもよさがわからないし、筋トレも嫌いだ。

ただ私は好きな人に安全に虐待されたいだけであって苦痛そのものは別に好きじゃない。自分でも書いてて何なんだろう…と思うけど、「安全に虐待されたい」というのが素直な気持ちだ。そしてこの気持ちはなぜか私の中では愛されとか構われとか関心の向けられと同じ引き出しの中に入っている。

なので、例えるならまるっきりモテない人の漠然とした恋人がほしい気持ちと似た感じの寂しさ、それをただ語りたい文章化したい、ただそれだけなのだ。だから本当に下ネタに走ってるというよりかは本人至って真面目なんです。本当に。


さて、初めてそれっぽい性向をぼんやりとでも認識したのは4〜5歳ぐらいの頃だ。かの「ボコ恋」(ドMのバイブル的コミックと言っても過言ではなかろう)のペス山先生もそんな感じだったようなことを描いておられたような記憶がある。まあ私は先生ほど暴力に最初から惹かれてたわけではないのだけど。今は好きだよ暴力。ボコられたいよ。

では何に惹かれてたかというと、アニメとかでよくある、主人公サイドのキャラが悪役サイドのキャラに捕まって拘束されてるシーン、あれにめちゃくちゃ胸をときめかせていた。縄でも手錠でも磔でも牢屋でもなんでもいいし、たとえネタに走ったコミカルな感じであっても妙にうっとりしてその場面を見ていた。よくそれにプラスして謎のビームとかで何らかの拷問チックなことが行われてたりするのもすごく好きだった。

だから本当に目覚めたきっかけとかは特に存在しなくて、ただただ先天的にそうだったんだろうと思う。でも、何かおかしいような気がして、あまり外には出さないできた。

たぶんLGBTとかの人の感覚って、もしかしたら私のこの感覚とある意味では似てる部分があるんじゃないかなと思う。生まれつき自分はこのようであって、そしてこれはマイノリティだという感覚。なんかちょっと変なんだけど、でも事実自分はこうなんだ、という。


他に私がマジョリティとのズレを感じるのは、雑誌やWEBでそういう話題の記事を目にしたときだ。いわゆる、女子がされるとうれしいこと5選、みたいなやつだ。いやもうあれちっともうれしくない。萎える。テンションだだ下がり。

もちろん普通にまったりイチャイチャしたいときというのもなきにしもあらずだけど、でもそれでは決して埋まらない何かをずっと抱えている。

ごく一般的ないちゃつきというのは私にとっては体操やスケートの難易度の低い技みたいなもので、全てが最高の出来栄えだったとしても大した点数にならない。やっぱり難易度の高い技で固めていかないと満点への道は開かれないのだ。

そうかといってただ難易度セレクトだけ良きに計らってもらえたらいいのかというとそういうわけでもなくて、やっぱりそこはお互いが心から楽しくないと…という気持ちも強いので、ナチュラルボーンSな人でないと嫌だ。ていうか無理してSぶってもらうのは正直申し訳ない。無理してもらうくらいなら私はさみしいままでいい。

それに加えて、これは私のすごくめんどくさいところではあるんだけど、平常時は別にごく普通の感性で、むしろ優しく穏やかなくらいで、でも(私が被虐によってしか寂しさを埋められないように)加虐的なやりかたでしか人を愛せない、っていう人がいい。これは理想だ。でもそんな人いるんだろうか。たまたま出会ってたまたま好きになった人がたまたま生粋のサディストだったりしたらいいのに。ロマンティック願望はないほうだけど、ある意味では夢見がちもいいところだ。ただし非常に倒錯している。


先に述べた「安全に虐待されたい」というのもなかなかのパワーワードを錬成してしまったものだなあと自分でも思うけれど、「ほどよく人権を侵害されたい」というのもまた素直な気持ちコレクションの一つだ。いい感じに自由を奪われたり適度に尊厳を蹂躙されたり、したい。わがままの極みなんだけどちょうどいい程度というのがポイントで、やっぱりやたらめったら虐待されるのはちょっと違うというかそれは本当の虐待だ。犯罪だ。あくまでこういうのはお遊びであって、でもだからこそある意味では本気で来てほしい。死んだり痕が残ったりすることのないようにはしてほしいけど、手加減はされたくない。想像だけど、この加減ってやっぱり生まれつきSの人にしかわからないんじゃないかと思う。

ジェットコースターで例えればこういう性癖のない人にも想像しやすいだろうか。ああいう絶叫系というのは、本当に高所から生身で突き落とされてしまうのなら成立しない。機械の定期点検をし、乗るときもバーを下ろし、しかしそこそこの高さから急降下することで、安全な恐怖を味わう。これが微妙な高さだったりすると楽しくない(私は絶叫系が苦手なので想像だけど)し、また異常に高いところから落とされるのだとそれはまた本当に死んでしまう。とかね。


つまり私は誰かにちょうどいい感じの遊園地を作ってほしいのだ。そしてそこで夜が明けるまではしゃぎまわっていたい(「Guru」より)。

そうすればこのどうしようもないさみしさもいつか埋まるような気がしてならない。