君はケーキが食べたいね

この間病院に行き損ねたので、ここ2〜3日生身(おくすりなし)で外に出ている…。どこまでプラセボとか精神的な依存なのかはわからないけど、やっぱり飲んだ日と飲まない日では疲労感が段違いだ。普段はもっとマイルドになった疲労だけ感じているけど、生身だともっとピリッとした刺激的な疲れが全身を支配するのだ(疲労ソムリエ)。


そう今日のテーマは疲労。私は小さい頃から疲労感に悩まされてきた。慢性疲労症候群とはまたちょっと違うようだけどとにかく毎日しんどい。そうかといって血液検査では何も出ない。子供は元気なものだという一般論をよく聞いたので、これが元気な状態なんだと信じ込んでいたけど、やっぱりしんどいものはしんどい。

服薬しているとかなり薄まる(それでも-5000が-50になるくらいでプラスにはなかなかならない)。でも疲労というのは度数のきついお酒のようなもので、水やソーダで割ったところでわりと酔う。それを毎日ストレートでがぶ飲みさせられていた服薬以前の人生は一体なんだったのだろう。それ以外の状態を知らないというのは恐ろしいもので、自分は元気なはずだと思ってほぼ皆勤で学生時代を終えたけれど、今生身でもう一回やれと言われたら絶対に無理だ。


どこかで読んだが、発達障害者は疲れやすいんだそうだ。このおそらくは異常な疲労感の正体はそれじゃないかと睨んでいる。

あと主治医は易疲労性の鬱と何かの診断書に書いていた。それもあるだろうなあ。


しかも今はまだ若いからまだ一生の中で相対的に元気なはずで、これから歳をとるとどうなることかといつも戦慄している。周りの年上の人たちはみんな若い頃のように無理がきかないと言う。若いとき無理がきいたというのは私にしたら羨ましい話だ。

発達障害者は経年劣化はそんなにないという経験談を聞いたことがあるからそれだけが一縷の希望だ。

でもどちらにしても私の一生から疲労が消えてなくなることはないんだと思うと絶望していつも死にたくなる。わりと本気で。


まず朝起きるとくたくたに疲れている。体が動かない。それを気合いで起きて、倒れそうになりながら身支度をする。

で、家を出るとなぜか疲労感がわりと減る。なくならないけど。

これが私の意味のわからないところで、無意識レベルでまともぶろうとしてしまうのか、外に出るとわりと何もかも大丈夫になってしまうのである。この外モードのことも、誰かの参考になるかもしれないからまた書きたいなあ。


まあでも服薬期間が長くなるにつれて、ひとたび生身になると歩くのもしんどいぐらいになってしまうのは少し困るな。別にそれを薬漬けだと焦ったりするような私ではないけど(主治医も私も、薬をちょこっと一生飲み続けるだけでQOLが全然違うなら飲んだほうがいいという意見)、おくすりなしでは生きられないんだなあとぼんやりと思う。


そして外で活動してる間はわりと何しても平気で、家に帰ってきたときに一気に本日活動分の元気を一括請求される感じ。なので糸が切れたようにダメになる。そして眠る。

翌朝起きたときは借金まみれ。いつも気合いだけで無理やり返済して、また活動を始める。

毎日がそんな感じ。だるくて、重くて、しんどい。


だから休みの日で予定がなかったり、あっても一人で出かけるような予定だったりすると、疲れに負けて昏々と眠り続けたり、朝出かけようと思ってたのが数時間遅れて夕方になってしまったりする。


鬱がひどくてなかなか気合いが自由にならず動けなかった頃は(起きられなかったり、起きてても身支度する元気がなかったりで)ひどい遅刻魔だったし、今も結構時間ギリギリだったり遅れたりしちゃうことあるけど、実はそれですらも相当無理して頑張ってる結果ではある。他者との約束という圧がなければそもそも第一外出速度に達せないのだ。


解せないのは、1日眠り続けた日でも、翌朝またやはりぐったりと疲れた状態からスタートするところ。

私の元気袋には穴が空いているのだろうか。どこからか元気が漏れてしまっているのだろうか。

ぽろぽろ。


ネットの海の中にはこれをあるある話だと思って受け取ってくれる人がいると信じてこの文章を送り出す。