もし足がもつれても駆けてみる行けるだけ

同じ中学からその高校に行く人は私の他に1人もいなかった。進学実績に1とだけ書かれるやつである。ぼっち進学かあー、と思った。とはいえ、各中学からせいぜい数人しか来ないだろうし、クラスは7もあるのだからばらけるものだろうと軽く考えていたが、実際はもっとすごい状態だった。

伏線は前の記事にあったんだけどわかるかな。


正解は、「塾に通っていた人が圧倒的大多数すぎて、すでにかなりコミュニティが出来上がっていた」。

これは予想だにしなかった。学年の半数近くが全国的に有名な進学塾、残りのほぼ全員がローカルで幅を利かせてる進学塾に通っていて(少なくとも季節講習には参加していて)、マイナー塾出身者や私のような塾に行かなかった人間はマイノリティもマイノリティだったのだ。


今でもわりと話しかけてもらわないと話せないタイプだけど、今よりももっとコミュ障だった私は入学してしばらくぼっちだった。

話したいことって本当に思いつかない。切り出し方がわからない。頭の中が無になってしまう。真面目に何の障害なんだろうと悩んでしまうくらい。中学の頃は人と話していたけど、それは話しかけてくれるタイプの子が周りに多かっただけだった。

だから今でも自分から話しかけなきゃいけないような場面はしんどくなってしまうし、自分の話しかしないで人によっては嫌がられるような人のほうが一緒にいて居心地がいいのだ。


話が逸れた。まあなんやかんやでちょびっとくらいはクラスに馴染み、勉強も本格的に始まり、というくらいの時点で異変が起こった。

毎日学校が終わって家に帰るとすぐ制服のまま床に倒れこんで寝てしまうのである。今思えば明らかに異常だったが、親は私を怒鳴ったりひっぱたいたりして起こすだけで特に何もしなかった。

この時点でちゃんと精神科に行って薬を飲んでおけばあそこまで頭が壊れることもなかっただろうになあ。


まあそんなのだから予習復習なんてあんまりできないでいるうちに、生徒たちを恐怖のどん底に陥れることになる模擬定期テスト(数学のみ)が行われることになった。

断っておくけれど、内容は大して難しくはない。でも返却の時間はなかなかの阿鼻叫喚になった。私も確か、十数問中2点とかを取った記憶がある。


そもそも進学校というのは、今まで100点か90点台しか取ったことありませんというような人間を集めて、大学に進学できるように特訓するところだ。だから大学進学と関係ない、高校の課程を突き抜けるくらい難しいことというのは、非進学校出身者からするともしかしたらイメージと違うかもしれないが、実はそんなにやらない。数学オリンピックとか、その他何か高校の課程をはみ出して知的探究心や向上心を持つような活動は、もちろん奨励はされていたけれど、やっぱり一番の目的は大学に受かることだ。カリキュラムは高校の課程を完璧に近いレベルで極めることを念頭において組まれている。


ではどこが違うのか。それは授業のスピードである。高校3年間の課程をぎゅっと圧縮して1年とか2年で終わらせる。つまり速読CDのような勢いで授業が進む。ざっくり言えば、ハイレベルな学校ほどその圧縮率もすごい。


いくら県の中では上澄みの上澄みみたいな秀才たちといえども、通過特急のように走り去る授業の前には大多数がなす術がなかった。今まで、普通のペースの授業をさくっとこなすことしかしてこなかったのだから。今まで天井だと思っていた蓋が急に取り外され、井戸の外の大海へと放り出されたような感じがした。ちゃぷん。

私はこれから3年かけて真の限界が来るまで限界突破させられ続ける(?)のだろうと悟った。たぶん程度の差はあれ、みんな同じような悟りを開いていたはずだ。


ひとたびやることがわかれば、多くの生徒たちがその高いスペックを活かしてこの生活に順応していった。とんでもない暴れ馬だけれど、振り落とされさえしなければ目的地に最速でたどり着ける。


そうは言ってもカリキュラムにしがみつくのは簡単というわけではなかった。授業の前提として必要になる予習の量が並大抵ではない。復習としてテスト前には大量の課題の提出がある。過眠にやられていた私は日々予習をなんとかやるのでいっぱいいっぱいで、復習が溜まりすぎてしまい、テスト前ギリギリに徹夜する勢いで終わらせることしかできなかった。


はじめての中間テストは、70点とか60点とか、それはもう今までに取ったことのないような点を取った。みんなそうだった。しかし周りを見てみると、私の点はそうものすごく悪い点ではなかった。少し離れたところで90点台を取った生徒がみんなに騒がれている。私は生まれて初めて普通の生徒の一人になった。

私はごく自然に90点台を取った人を取り巻いて褒め称えていた。ついこの間まで言われる側で、言われることがそんなに好きではなかったのになあと妙な気分になりながら。

その後、誰からともなく「過去の栄光」という言葉が言い出され、流行した。


かつて中学時代、先生たちに「進学校は変わった子が多くてきっと居心地がいいよ」と言われ(失礼では?)、それを素直に信じていたものだけど、実際来てみると、そう大して変わった人などいないのであった。

流行の服を着て、プリクラを撮って、毎週ドラマを見て、誰々がかっこいいとはしゃぎ、といったような、勉強ができる点以外はどこにでもいる量産型のキラキラした女の子がほとんどだったので(ちなみに、男の子とはあまり喋らなかったのでよく知らない)、居心地はそれほどよくなかった。私は騙されたと思った。

まあ私の思う変わった人というのは、たとえば蝉の抜け殻を毎夏数百個単位でコレクションしているとか、割った卵の殻を捨てる前にもう一度きれいに貼り合わせて復元するのが趣味とか、そういうイメージなんだけど、そんな感じの人にリアルで出会ったことというのはない。もしかして私の描いてる変わった人像がファンタジックすぎるんだろうか。

だけど、なんだかんだで勉強が嫌いじゃないというか、勉強をネタにして面白がってやろうという精神を皆多かれ少なかれ持っているところに関してだけは、中学時代と違っていて居心地が良かった。


高校生活にもすっかり馴染んできた頃、私はあることを閃いた。夕方帰ってきて眠いなら、そのまま寝てしまって、代わりにものすごい早起きをすればいいのでは。

生粋の夜型を無理矢理朝型に変えてしまおうという作戦である。

親にも協力してもらって(晩ご飯を朝食べられるようにしておいてもらうなど)、相をずらすことに成功した。

最初のうちはこれがなかなかうまくいった。学校に行くまであと数時間しかないという圧がかかるので、自然と追い詰められて脇目も振らずその日の分の予習に励むことになる。まあでも、私は問題を解いたりするのが非常に遅かったので、しばしば間に合わずにそのまま登校せざるをえなかったりもしたのだけど。

後々学年が上がり負荷も高まってくると過眠が悪化して、早起きして二度寝に励む日が増えてしまったりもした。

でもとにかく、とりあえずは成功を収め、一時は学年で10番ぐらいの成績を取れるまでになったりしたのだった。


(高2編に続く)